フレームバッファの思ひ出

8bitパソコンのグラフィックシステムといえば水平型+色プレーン分割のフレームバッファが主流でしたので、全画面書き換えるとそれはそれは時間がかかりました。
例えば、Z80Aで640x200の画面を0で埋め尽くすのに一番速いPUSH HL(2バイト)で11ステートを8000回(640x200/8/2)。4MHz駆動だとそれだけで0.2秒もかかるってぐらい。スクロールなんかさせようものなら通常1バイトで21ステートのLDIRとかで更に倍くらいの時間がかかるって感じです。なので、フレームバッファ式のグラフィックの極意といえば「如何に書き換えずに動いているようにみせるか」でした。ゲームアーツテグザーから連なる一連の「部分書き換えスクロール」なんかはその極致でしたね。テグザーは2プレーンのみを書き換え対象としていましたが、PC-8801mkIISR以降はVRAM内なら1転送で3プレーン同時に書き込むというハードウェア拡張がなされたおかげでだいぶいろいろ細工が効いていました。


で、その頃のアーケードゲームの基板といえば、凄いラインバッファと何枚ものBG面を持つ豪華なものばかりで、サウンドに到っては専用のCPUまで用意されてました。パソコンしか知らなかった人からするとなんか信じがたい世界です。
が。
かなり稀に、「なんかパソコンちっく」な基板があったりしました。
例えば「忍者くん阿修羅の章」や「ミュータントナイト」のUPLの基板や、タイトーの「ハレーズコメット」など。UPLはかなり後になって主流になってくる「DMAによるフレームバッファ書き込みのスプライト」。「ハレーズコメット」はそのままフレームバッファに書き込んでいるのが見えちゃうという(なので、ステージ開始時のメッセージを自機で上書きできるとか、フレームレートが微妙とか、いろいろある)。
特に凄かったのがUPLのARK AREAのステージ16,23。フレームバッファを「消さない」という荒技と、なぜかここだけBG面すらもないというので残像が残ってもうカオスなことに。あれ、BG面もフレームバッファに転送してたんじゃないのかなぁ。で、BG面のフレームバッファへの転送をしないと残像が残るという。それまでも残像自体はゲームと無関係な部分で使っていたので(例えば、面クリア時のエフェクトなど)、親近感ありましたがあそこまで露骨だと凄いなぁ、と。
そうそう。当時は知りませんでしたが、かなり後になって、アルファ電子の「エクイテス」以降のMC68000基板もフレームバッファ+DMAと聞きました。というか、あの衝撃的だった「スプレンダーブラスト」と「エクイテス」が同じ系譜の基板だったとは(基板自体は違います)。「スプレンダーブラスト」は、ゲームとしては、ちょっと、こう、もう一息な感じでしたがその後の「ハイボルテージ」くらいまで行くといろんな意味でこなれてきていい感じでした。いわれてみればなるほどなーって感じですが、当時はあの3D変形するBG面(フレームバッファに書いてるのでBG面と言っていいのやら)に感心して「どうすればこれが実現できるのか」ばかり考えてました。いや、今考えても明らかに無理なんですけどね、当時のフレームバッファ式のパソコンでは、どうやっても。縦方向だけ圧縮させた「ポーラースター」が限界で。