遊びの現象学/西村清和

道端にころがっている棒切れを見つけるや、子どもは、なにをするというあてがあるわけでもないが、ついそれに手を伸ばしてひろいあげずにはいられない。

わたしにとっては、ディジタルコンピュータがそうだったなぁ。大人になったいまでもそうだけど。ディジタルコンピュータのない世界には(正確にはプログラムできるディジタルコンピュータのない世界には。プログラムできないならあっても無意味だ)生きられないなぁ。