小説馬車馬戦記ディエンヴィエンフー大作戦(ISBN:9784863202795)

おもしろかったですよ。最近では久々のヒット。
なのに、何でこんなに言及が少ないんだろう。
と、いうわけで、見どころ(ネタバレとも言う)大公開!

  • マーシャがいい性格

「ふてぶてしい」の意味でも、「好ましい」の意味でもいい性格です。前作(と言っていいのか?)「パルスジェットのフラミンゴ」の時にはだいぶ若さでカバーしていましたが、ちょっと年がいって(自分で「女の子」と言うのが恥ずかしいぐらいには)だいぶいい性格に貫禄が出てきました。何せ、大戦末期に学徒動員で東部戦線に駆り出されたくらいですから、ヴェトナム戦争初期にはもう三十路も見えるお年頃。世の中のすいもあまいも嗅ぎ分けながら生きてきたわけですよ、スターリニズムの真っ只中を、ソ連軍人として。
そりゃー、いい性格にもなります。

  • 安心して読める

ヴェトナム戦争とは言っても、アメリカが本格参入して北爆やら枯葉剤やらハンバーガヒルやらが出てくる寄りも前なので、何か平和な戦争です。そりゃ、交戦があれば人も死にますし、インベーダーやリヴェレーターによる地上掃射では町も家もゴミのように燃えますが、何か当事者は妙にのんきです。あんまり負ける気していません。

  • その割に人格描写はハード

なぜイリーナはあそこまでマーシャに入れ込むのか? 一式戦を復活させるために集まった「新ベトナム人」たちの思いは? 訓練生たちは何を思って空軍にいるのか? のんきに話が進む割にその裏にある人物の造形はハードです。当たり前ですが、のんきに生きている人だってそれなりの人生を歩んできて、それなりの思いやそれなりの苦労があったりするわけです。
また、ヴェトナム戦争当時といえばソ連的な大イベントは「スターリンの死去」と「粛正の嵐」です。以下にスターリンが人格で民衆を引っ張ってきていたのかを象徴するイベントが話の根幹を揺さぶります。
最後にほんのちょっとだけ出てくる「ホーおじさん」もいい感じ。ヴェトナムの人が愛着を込めていまでも「ホーおじさん」と呼んでいる理由が垣間見られます。同じ人格で惹きつけるという意味でもスターリンといい対比です。

  • 時折はさむギャグがいい感じ

「いかにもギャグですよ」という書き方ではなく、しれっととんでもないことを地の文で書く語り口が心地よいです。原作にもあった「人はハリネズミに座ることができるか?」というソ連ギャグが、非常に重要な意味を込めて語られるのは素敵です。もちろん「同士スターリンが命令した時」ですよね?

  • 象さん大活躍

あー、そういえばあの辺だったっけということは、実際に読んでみるまで気づきませんでした。思わず原作読み返しちゃいました。機甲化象部隊が無反動砲を使って大戦の亡霊であるドイツ戦車をあれするところや、ディエンヴィエンフー防衛戦での大活躍など(よもや戦闘機が撃ち落とされるとは思うまい)、ゲストキャラとしてはかなりイカしたところで出てきます。
あのまま機甲化象部隊は国連多国籍軍PKO活動に参加したりするんだなぁ、と思うと感無量です。

  • 空戦がまとも

当たり前ですが、空軍を作るためにパイロットなどを養成する目的でマーシャたちは来ているわけですから、当のマーシャは空戦の基本から応用までをきちんと知っています。知っている上で行われる空戦は、当然のことながら理にかなった方法で行われます。この時代、まだ位置エネルギーを運動エネルギーに変換して機動する方法論が確立していなかったそうですが(今なら基本ですね)、マーシャも敵パイロットもきちんと理にかなった動きしかしません。無鉄砲したら死んじゃいますからね、戦場では。
作者もちゃんと分かった上で話を組み立ててます。いや、やれてないんですよ、これ。プロの作家でも。

  • スターリン式アンケートハガキが入っていないのが残念

「おもしろかった」に強制的に丸がついているスターリン式アンケートハガキが入っていなかったのが、返す返すも残念です。喜んで返信したのに。


ともあれ、原作である「馬車馬戦記」共々おすすめです。「馬車馬戦記」にはまだまだ隠れたエピソードがたくさんあるので、是非シリーズ化を!