パタヘネ本

「パタヘネ本というのがバイブルらしいぞ!」
「ソースはどこ!?」
「fj!」
「よし、探そう!」
図書館にあっさりありましたが、当時のパタヘネ本は確か1巻で非常に分厚かったような・・。資料によると当時から上下巻だったようなので「コンピュータ・アーキティクチャ」と混同してるのかも。


「タネンバウム本というのがバイブルらしいぞ!」
「ソースはどこ!」
「fj!」
「よし、探そう!」
当時のfjはスラッシュドットよりも示唆に富み、2chよりもお行儀がよかったのを思い出します。実名主義だったからなぁ。変なこと書いたら「大学の事務」にクレームが行ったのもいい思い出(私じゃないけど)。っていうか、学生当てのクレームをジムに行っても解決しないと思うけどなー。津田日記リンクスの崩壊と併せて思い出されます。


X68000よりも、i486SXの方が速いらしいぞ」
「えー? だってコンベンショナルメモリ640Kで何をしろと」
FreeBSDが動くらしい」
「よし、探そう!」
や、動きましたよ確かに。でも、コンピュータと言うより、「便利なXサーバー」として使ってた様な。a14やk14で何枚もコンソール開いてると、妙に快適で自分がどこのマシン使ってるんだかそのうち判らなくなってくるんですよね。


結局私自身は怪しげなPC-9801互換機を使ってました。
どれくらい怪しいかというと、

  • なんか、リース落ちらしく大量に出て妙に安い
  • クレーム交換不可
  • HDDなし。不揮発性メモリが「電池が持つ間」ディスクとして使える
  • 謎の静電容量式タッチペンとほんとに起動する以上のことは何もできないMS-PenWindows3.1
  • PCMCIAスロットにハードディスクが刺さるけど、起動ディスクにできない
  • キーボードなしでも動くタブレットタブレットとして使うと700gくらいと超軽い(のに、なぜか誰も知らない)。
  • クレイドルでVGARS-232Cやパラレルが刺さるけど、重みでよく落ちる

結局持ち歩くのも、ノートとして使うのもあきらめて、キーボードとマウスをつないでディスプレイもつないで、MS-DOSに大変細工をした上で(なにせ、HDDから起動できないので、EMMやカードサービスのドライバをどこかに押し込まないとゲームも遊べない。ゲームするときにはFEPの常駐を切ってたな)PC用のエロゲー専用機と化してました。90年代のエロゲーにやたらと詳しいのはこいつのおかげです。ありがたや。
もちろん、FreeBSDにしたり(ネットワークが使えないので何もできない)、MSCでゲームを作ったり(自前でハードをたたくより、Master Lib使った方が速いという釈然としない結果だったような)、3Dのメガデモ作ったり、いろいろ楽しみました。
でも、3Dの計算を必死にX68000マシン語で書いたものより、行列を愚直に固定少数点でMSCで書いた方が圧倒的に速かったときには、「あ、もういいや」とX68000でのプログラム熱が冷めたのを覚えています。
それまで、垂直帰線区間にどれだけの処理を込めるかとか、スプライトをH割り込みで増やすとか、DMAチェーンを駆使してCPUより速く転送するとかいろいろやってたのですが、なんか、もう、どうでもよくなったというか。
あそこが転換点でしたね。


あそこであきらめなければ何かあったのかもしれない、と思う今日この頃です。
「Motifを使うとどんなプログラムでもかっこよく見えるらしいぞ!」
「よし、探そう!」
いやー、聞かなくなりましたね、Motif。Lesstifですら使ってるアプリは少数派。GIMPをMotif使わないようにするために作ったGTK流れ流れてはすっかり標準になりましたが。NCSA-MosaicもMotif必須だったんだよなー。懐かしい。