OLPCハッカー(ダイジェスト版)

OLPCは「教育」のプロジェクトであり、「情報教育」という狭いものではありません。あくまでLaptopPCは教育のための材料で、ハッカーを育てるのが目標ではないのですが、ここでは横からハッカーを勝手に育てるという方針で書きます。小説のプロット風味。無駄にドラマチックです。
あ、OLPCのターゲットは小学生です。念のため。なので、この主人公君は小学生です(育ちます)。

  • プログラムを覚えるのはPythonから

どこでもソースが見られるOLPCのSugarはPythonの学習をするには向いています。
もっとも、SugarAPIはPythonの本来の使い方とはちょっと違いますので、単にHello Worldから入るにはちょっと向いてませんが、Develop python Activityで「評価する」を使いながらコンソールプログラミングを繰り返していけばプログラムがどんなものかはわかってくるのではないでしょうか。
まずは簡単なActivityを追加インストールしてはそれをView Source。ちょっと書き換えてすぐに動かす、ということを繰り返すうちに何となく「何を買えると何が起こるか」が見えてくるでしょうし、インタラクティブプログラミングの(割と面倒くさい)定石も見えてくるでしょう。
幸い、Pythonは文法的にいやでも綺麗なプログラムになりますので(これはうまいなぁ、と純粋に感心する)。デバッグしやすいプログラムの書き方も見えてくると思います。
とりあえず、Apple,Banana,Chocolateの次くらいにprintを覚えます。英単語って覚えづらいよね。

  • Activityを投稿

ScratchのようにActivityを投稿するところはなさそうなので、まずは作ったプログラムをスクールサーバー上で共有して校内の人で楽しむかんじに。そのうち、「教材に使えるActivityを作って欲しい」と教師に頼まれて作ったり、その教師がOLPCやSugar Labに投稿してyum経由で入れられるようになったりしながら、少しずつ広まっていきます。

  • Develop Activityからの卒業

もうこの頃にはTerminal上でPythonを使うようになっているので、Develop Activityは既存のActivityを見るときにしか使いません。ソースの作成は全部vi。SugarのLook and Feelなんか無視してOpenGLとかで直接Xを扱います。
ActivityじゃないPythonのアプリのソースも直接落としてきて読むようになります。一応SugarもX.org上で動いているのでウィンドウマネージャーの存在が前提のアプリも多分動きはします。

もう、先生に投稿してもらうとか、校内の人が見るとかはまどろっこしくなってきます。とっくに先生よりもPythonに詳しいですし、校内の人に話をしてもちっとも理解してくれません。孤独にさいなまれた小学生の向かう先は社会の荒波です。
この頃にはGMailのアカウントも取ってしまっているし、Google Sitesに自分のWikiページを作って、つたない英語(ほとんど機械翻訳)で自作Pythonアプリを公開し始めます。ドキュメントもなければ、コメントもないプログラムですが、一応世界各地で動きます。
作るプログラムはSugarのシステムハックから、PyGameを使ったゲーム、カンニング用ソフトまで様々です。

  • 開発のMailingListに参加する

PythonOLPCハッカーのMailingListをGoogleなどから見つけてきて参加します。母国語で書いてもどうせ通じないので、メールを読むのも書くのも機械翻訳経由で。そのうち、機械翻訳にかけなくても何となく単語のつながりから意味が推察できるようになってきます(また、プログラムコードは機械翻訳に大変相性が悪いので、コードの入ったメールは翻訳にかけづらい)。
片言の英語でたまに発言すると、気のいいアメリカ人が興味本位で返答してくれるのがうれしくて英語の文章をさらに書き連ねます。なにせ、GMailアカウントなのでどこからつないでいる誰なのかということはわかりません。「文章書くのが苦手な子供なんだろう」と位に思われています。

  • 社会の荒波にさらされる

そのうち、微妙にその筋で有名になってきます。いわく「片言英語の子供プログラマー」として。コメントはないし(英語でコメントが書けない)関数名や変数名がはなもげら(現地の言葉をそのまま発音している)けど、一応プログラムは動く、と。
すると、当然のようにSPAMは来るし、粘着がいちゃもんつけてきたり(MailingListでいちゃもんつけると良識派にたたかれるので、いちゃもんはいつだってDMです)、サイトの掲示板が荒らされたり、コードに無意味な文句をつけられたりします。子供なのでへこみますが、もうこのころになると情報公開せずにはいられないので引きこもるわけにもいきません。

  • 偉い人が電話してくる

個人情報をさらしたところでどうせやってこられる人なんかいませんし、家にも(学校にも)電話なんかありませんので、いたずら電話してくる人はいません。でも、なんかMailingListに書いた文章がきっかけで、その筋では有名はハッカーが直接話をしたがります。いろいろすったもんだした末(CPUパワーが足りなくてSkypeGoogleTalkが動かなかったり、メッシュネットワーク経由では回線が細くてリアルタイム通信できなかったり)、スクールサーバーのアンテナのすぐ脇でIM経由で話をします。
時差があるので、偉い人的にはとんでもない時間だったりするのも全然気づかずにプログラムについての話をする・・のですが、なにせ機械翻訳Google経由で覚えた英語なので、単語の発音が全然できないことに気づきます。しばらく話してなかなか通じないことに業を煮やして、IMにプログラムコードを書き込むことで会話し始めます。
英語はだめでも、プログラミング言語なら世界共通です。

  • 暗黒面に落ちかける

最新のwindowsのゲームはハード的に動かないので韓国や台湾のオンラインゲームにはまり、夜も眠らず、コードも書かず猿のように遊び続けます。寝るのはPC の電池が切れる夜遅く。学校では居眠りばかりで割合良かった成績も落ち気味に。
さらにgoogleの検索でひっかかるshareやwinnyの意味を知ってしまい、著作権関係の暗黒面にずっぽりはまります。ゲーム機のエミュレータのROMを沢山落としてはこれまた沢山遊びまくります。ますます時間がなくなります。
そのうち、NESSNESGenesis のゲームには英語版と、原語版があることに気づきます。原語版の方が本数が多く、全体的にグラフィックが綺麗です。ただ、漢字が多く、何を言っているのか判りません。苦労して調べた結果、どうやら日本語で書かれているらしいことは判りました。生まれてはじめて日本のことを意識します。NESのゲームは難しい言葉も使ってないし、ひらがなばかりだし、そのくせおもしろいし。

  • 性本能の暗黒面に落ちる

もうこの頃にはwindowsのソフトでもwine 経由でいくらでも動かせるようになりました。エミュレータのSugarへの移植でCもハードウェアも知識はばっちりです。
ただ、いかんせん性能が足りないので動かせるのは昔のゲームか、日本製の美少女ゲームだけ。
そう、この頃になっても美少女ゲームは相変わらずの必須スペックなのでした。
いつものようにshare を探索していると、新作が流れて来ることがあります。そのたびにダウンロードしてはプロテクトをクラックし(もうこの頃には逆コンパイルもできるようになっています)、フルボイスの美少女ゲームを夜な夜な楽しむ怪しい小学生になっていました。小学生には刺激の強すぎるエロ表現も、なんか子供っぽい絵柄で気にならずにどきどきできます。台詞は仮名漢字交じりでしたが、NESSNESのゲームでひらがなはすっかり覚えていましたから、フルボイスで読み上げられるとその途中の漢字の読みや意味も何となく想像がつきます。
もう、エロゲーなしには生きていけません。

  • 周りにばれる

とはいえ、スピーカーから流れる声は、家族や周りの人にもたやすくばれます。ヘッドフォンを使うこともできず(というか、そんなハイカラなもの持ってない)、さりとて声のないエロゲーくらい寂しいものもなく、ずぶずぶと深みにはまったまま、「あいつは何かやばいことをやっているのでは?」と疑問視されてきます。
折しも、同級生の女の子が少女売春で捕まりました。相手はPC経由で知り合った外国人。わざわざ途上国であるここに観光でやってきて、現地の美人局経由で接触したところを摘発されたとのこと。
OLPCの理念に従って教育を行っていた政府の国会でも大問題になりました。OLPC導入当時からずっと取りざたされていたことではあるのですが、発展途上国の外貨獲得のための手段としての売春は、宗教的にも、尊厳的にも問題が多くあります。また、簡単に多額のお金を稼ぐことができるので、労働そのものをしなくなる危険すらもあります。
メッシュネットワークからのインターネットへの接続は一時的に禁じられ、児童の持っているXOを一斉検索する政府機関が組織され、教育は一時的にOLPC導入前に戻りました(皮肉なことに、授業自体はさほど問題が起こりませんでした)。
当然、彼の持っていたXOは政府機関に取り上げられ、それまで彼が行ってきた様々な悪行が曝されることとなりました。政府機関は潜在的クラッカーとして、また、ベルヌ条約を調印した国としての著作権侵害者として、彼に外出禁止を命じました。児童に対する罰則の適用は、まだ法律がないので見送られましたが、今のままでは児童を罰する法律ができるのも時間の問題です。少女売春を取り締まらなければ国の存続に関わるのですから。

このころには、MailingListでも、Google Sitesでも、ネットゲームでも、IMでも、すっかり有名人になっていたので、英語のつたない(なのに、なぜか日本風の顔文字を使いたがる)PythonLinuxカーネルハッカーの蒸発が話題になっていました。
物好きがいろいろと書き換えの履歴を調べてみると、発展途上国のとある地方都市が彼の居住地らしいということがわかりました。スクールサーバーは衛星経由でインターネット接続を行っていましたが、グローバルIPは固定されていなかったので時間がかかったのです。
その頃、日本でも美少女ゲームの海外流出がまた問題になっていました。日本の児童ポルノ法が発令されてから定期的に問題になっては立ち消え、ということを繰り返していたのですが、ちょうどその発展途上国での少女売春の問題と、「小学生がコンピュータを使って楽しんでいたのは美少女ゲーム」という話題がおもしろおかしく語られていました。
そんなニュースの中に、彼の名前がちらっと入っていました。本来、児童の実名は公開されないはずなのですが、彼は実名を使わずにハンドルでずっと過ごしていたので逆にその名前が目立ったのです。
「もしかして、この捕まった小学生って、蒸発した彼では?」
日本からその国にJICA経由で協力にきていた数少ないカーネルハッカーの一人が、いろんな符合に気づきました。日本の美少女ゲームエミュレータのポート、エミュレータを動かすためのカーネルハック、やけにたくさんのPythonスクリプトハナモゲラな関数名と変数名(現地の言葉をローマ字読みするとなんとなく意味が通じます)。偶然にしてはできすぎです。
ハッカーは政府機関に働きかけて詳細を問い合わせました。でも、「クラッカー予備軍」と見なされている彼を易々と渡す人たちではありません。業を煮やしたハッカーは日本のIPAとJICAに働きかけ、自分をその政府機関の検査員として投入するよう説得しました。いろいろとすったもんだはありましたが、無事自宅軟禁中の彼に接触したハッカーは、女性声優のようなきれいな日本語に驚きます。
「あなたは誰ですか?」
そう、日本語を美少女ゲームで覚えてしまった彼は、しゃべり方や声の音程すらも美少女ゲーム風味になっていたのです。
その日、彼の仮釈放が決定しました。日本の大学から講演の依頼が来たのです。もちろん講演料や旅費も大学持ちで。またとない外貨獲得のチャンスです。

  • あこがれの国日本へ

数日後、OSのカーネルハッカーの国際会議が日本の大学で開かれました。国際会議自体は元から行われる予定だったのですが、発展途上国からやってくるという最年少のカーネルハッカーの講演が緊急で決定し、ネット上のニュースを賑わせました。その国際会議は、以前電話で話をしたハッカーがチェアマンをしていたのです。若干10歳でカーネルレポジトリへのマージを許された彼のコードは、そのハナモゲラ命名規則カーネルハッカーの中では話題になっていました。
講演は日本語で行われました。彼の母国語を翻訳できる人間が見つからなかったのと、英語での講演ができなかったのと、なによりも、日本語がほぼぺらぺらという不思議なスキルが原因ではあったのですが、日本人以外の日本語から逆に英語に同時翻訳するという状況は、話題に拍車をかけました。
講演内容は、いかに自分がカーネルをハックするようになったのかという半生記を、著作権侵害をオブラートにくるんで語るものでした。多くの人は国の名前も知らない彼の母国で、もっとも有名な人間としてネット以外のニュースにも取り上げられました。もちろん、JICAのカーネルハッカーとチェアマンがあちこちに手を回した結果です。
講演は好評を持って受け入れられ、懇親会では人の輪が途切れず、あちこちの取材を受けているうちに帰国の日になりました。
「あの、一つだけわがまま言っていいですか?」
「どうした?」
秋葉原に行って、Keyの新作をこっそり買いたいんです。もう著作権侵害で捕まりたくありませんから」

  • 卒業そして新しいPC

彼のXOは、結局クリーンインストールして返されました。
大量のソースコードや不法なデータは政府機関に没収されましたが、レポジトリ上に残されたソースは世界各地に広がっています。
でも、平気です。ShareやWinnyなどのファイル共有は二度と使わないと誓約書を書かされましたが、秋葉原に寄ったときに買ってもらった新しいPCが手元にあります。XOのような、入学時点ですでに時代遅れのPCではありません。OSも、LinuxWindowsの両方が正規の日本語版で入っています。
今度、小学校を卒業し、首都にある国立の中学校に入る予定になっています(この国では、小学校までが義務教育です)。学費は講演の時の講演料を元に、カーネルハッカー基金から一部出してもらうことになりました。また、中学校に通いながら、大学での研究員も同時につとめることになりました。お給料で学費をまかなうこともできます。
MailingListやIMにも戻ってきました。英語は相変わらず不思議ですが、いざとなれば日本語から訳してもらえるのであまり気にならなくなりました。幸い、講演の時に知り合った人がたくさんいますので、言葉の足りない部分はその人たちに頼ることもできます。
政府機関の監視は相変わらずありますが、ずっと自由です。
こうして、また一人ハッカーが世に出たのでした。