CHIPTUNE最強伝説

CHIPTUNEが最強であることに関しては論を待ちませんが、記号化に関してはCHIPTUNEとテクノと現代音楽の中に横たわる一つの発想があります。
それは、「音楽を構成する要素は楽器に規定されないのではないか」という疑念です。


現存している楽器はどれも長い年月を経てソフィスケートされた物ばかりです。
そりゃ、今だって常に新しい楽器は生まれ続けています。KaossilatorDS-10なんかはなかなかいい発想ですし、アナログ楽器だって、山口トモや鋸演奏なんて物だってあります。
でも、長く現存する楽器には、長く残る羽目になった理由がきっと内側に隠れているはずです。ピアノの音にはあの倍音構成に理由があり、スネアドラムのアタックのノイズにはやっぱり何らかの理由があるはずだろうと。
現代音楽はかなり意図してこの辺の理由を探ってきました。もちろんクラシックもずっと探ってきましたし、ポップミュージックだって探っています。
ある瞬間の雰囲気や色を決めるための最低音(ベース)はどうあるべきか、声でエミュレートされることを期待した音のつながり(メロディ)はどうあるべきか、雰囲気はどういった方法で伝えるべきか(ハーモニー/スケール/コード)、快楽を感じさせるための定期的な繰り返しはどう表現するか(リズム)。そのそれぞれで、どのような音色を使うとどのような効果があるのかを、音楽を作成する人たちは常に考えているはずです。
ここで重要なのは、あくまで「音色」であって「楽器」とか「奏法」ではないと言うことです。
現実的には、「音色」は「楽器」と「奏法」によって発生するものであり、「音色」は単体では存在しないという前提に立っています。なので、伝統に寄るクラシックは「楽器」と「奏法」にのみ指定があり、なおかつ「楽器」と「奏法」は特定の音楽的要素を表現しやすいように長い時間をかけて変化し、今の形に落ち着いてきたため、その前提が作成者にとっても、受け手にとっても固定された認識として共有されているのだと思われます。
クラシック以外の音楽だって、多かれ少なかれ挙有された認識に則って作られています。だって、共有されてないと理解できないんだもん。


で、CHIPTUNEです。
CHIPTUNE自体は、制限から生まれています。音色は制限され、音数も制限されています。場合によってはテンポ周りの、音量周りのエクスプレッションすらも制限されます。
制限された中で何かの表現をしようとすると、いかに共有されたはずの何かに近づくかということを必死に考えます。だって、近づけないと本気でしょぼく聞こえるんだもん。
ベースがベースであるためには何が必要か、ドラムがドラムであるためには何が必要か、ピアノがピアノであるためには何が必要か。
一番簡単(というか、作曲者としては一番難しいというか……)なのは、元の楽器が持っていたはずの奏法を音色を無視して再現することです。クラシックでも昔からよく行われてきた「別の楽器で再現」ということをすると、なぜか元の音色で聞こえます。ただし、これは作者と受け手の高度な知識の共有が必要です。
次善の策としては、元の音色を構成していたはずの要素を抜き出してそこだけ再現するという方法が使えます。ピアノを作るのは無理なので、アタックの雰囲気と、リリースとサスティンをそれっぽくするとか、ヴァイオリン自体は作れないので、LFOによるこぶしだけを引き抜くとか。ティンパニのぎにょんなんてのもまさにこれですね。
しかし、これを進めていくと「メロディはピアノじゃなくて、アタックのある何かなら何でもいいんじゃなかろうか?」とか、「ベースは綺麗な倍音じゃない方が効果的なのではなかろうか?」とか思い始めます。
結果として、CHIPTUNEは音楽と呼ばれる物の解体と再構築を、元々解体と再構築を意図して行われていた現代音楽よりもずっと高度なレベルで行う羽目になったのではないだろうかとまで考えられるのです。


もちろん、実際にCHIPTUNEの曲を作っていた人たちが音楽理論や解体と再構築という発想を持っていたかどうかは定かではありません。なによりも、大半のCHIPTUNEは再構築に失敗して一般音楽の受け手からは無視される存在になっています。
ただ、産業としてはとんでもない広がりを見せたゲーム業界で、これまた作るだけなら敷居の低い作曲環境にさらされたおかげで、なんか一種独特の音楽ジャンルとしてできあがってしまったような気がするのです。
ついでに、ゲームが一気に大衆化した任天堂ファミリーコンピュータの登場から実に20年以上が過ぎ、小難しい理論を全部抜きにしてCHIPTUNEの独特の響きだけで快楽(もしくは郷愁)を感じることができる人がマーケットにかなりの数を占めるに至って、CHIPTUNEはすべてのクラシック、ポップス、現代音楽の持っていたはずの何かを包括する最強の音楽として現在君臨するに至っているのです*1

*1:そこ。信じないように(^^;)