普通の音楽

幼少の砌よりピアノを習っていたりしたせいで、 Florian はかなり間違った音楽に対する印象を持っていました。
曰く、

メロディーとそれに対するハーモニーが音楽の中心要素であり、伴奏はしょせん「左手」である

これは、練習曲集であるバイエルの曲がそんな感じの構成になっていたせいでもあるのですが、当時大好きだったナムコゲームミュージックがちょうどそんな作りだったのもあり、良くピアノでそのコピーをしていたせいも大きいのでした。
で、そのつもりでずーっとPSGチップチューンを作っていたのですが、たまたま知り合いに借りたファミリーBASICのマニュアルを見て、たいそう衝撃を受けたのでした。
「なに?このポートCって?」
他のポートは音色(デューティー比)も変えられるし、エンベロープもいじれるのに、音色どころか音量すらも変えられないものをわざわざ載せている理由が当時の Florian には全然見当つかないのでした。
それから大分時が流れて、確かBEEPソノシートか何かでセガの「HANG ON」のメインBGMを家で聞いていたときに父親が一言いうのでした。
ドンシャリだね」
と。


当時父親はオーディオ関連の職についており、家のステレオもそのオーディオ知識を使ったシステムになっていました。
もちろん「ドンシャリ」なんて言葉を聞いたことがない Florian が、その凄さを知ることもなく、ただ単に「お気に入りのゲームの曲」としてだけ聞いていたのですが、それでも、おぼろげながら「HANG ON」がそれまでのゲームとは明らかに違う方法論で音楽を作っていることはわかりました。
ドンシャリ」とは、低音(ドン)と高音(シャリ)だけを強調した音のセッティングをさします。「HANG ON」は音量をえらい強調したFM音源ベースと、PCMによるバスドラムでリズムをとり、SSGによる高音でミニマル的なメロディーを繰り返すメインBGMでしたので、まさに「ドンシャリ」だったのです。
単純な Florian は、一気にいろんなことを理解しました。

  • ドンシャリにすると、「なんか、普通の音楽風」になる
  • ベースの音だけはほかの音と、明らかに音質が違う
  • 太鼓(笑)は、思ったよりも曲に影響している

もう、最後のなんかピアノ少年らしい発想です(^^;)。ピアノを弾いてるとドラム叩けないから下に見てるんですね。
「普通の音楽」という言葉は低い評価をしているのではありません。この場合、「普通じゃない音楽」というのは、PSGによるゲームミュージックや、ピアノ一本でそれを再現した、なんか一風変わった自分のコピーをさしており、それに対して、ラジオやテレビで流れる「普通の音楽」というものは、自分にはなぜかまったくたどり着けない、見えない壁の向う側にある憧れの存在だったのです。
そしてそのとき、同時に理解してしまったのです。

  • ファミコンのポートCはベースのために、ノイズはドラムのためにある
    • ファミコンのあの不思議な音源構成は「なんか普通の音楽」をうまく実現するためのものなのだ

と。


いや、もちろん、ベースとドラムがあるからといってファミコンのpAPUでは「HANG ON」のあの透明感あふれるメインBGMは再現できませんよ。
ディチューンやエコーを(そういう無駄テクニックは知っていた(^^;)。ファミコンはさておき、Z80ではMMLと音源ドライバを自作しちゃうぐらいだし)駆使して何とかできないかといろいろあがきましたが、もちろんあれには足元にも及びませんでした。
でも、そのときやっと「左手」の呪縛から解き放たれ、一般のポップスのバンド構成と、その意味をつかみ始めたのでした。


pAPUを使ったチップチューンを聞いていると、たまにメロディーとベースだけですべてをやっつけようとするものがあります。
そういうものに限って、ベースはあまり動かず、オクターブを往復しているだけだったりするのですが、それでも聞いていて思うのです。
ああ、「普通の音楽」だなぁ、と。