シーン517 9/17 放課後 公園

「列車は着かなかった。その男は来なかった」
「小説の一部?」
「ん。『とどのつまりは何も無し』って話の冒頭」
「どんな話?」
「何もない話」
「何も起こらないの? 退屈?」
「ううん。何もないの」
「判らないな。小説なんだよね」
「ん。何も起こらないで何もしないで、何もないまま終わっちゃう」
「まさか『何もない』って書いてある訳じゃないよね?」
「ううん。出来事がどんどん起こらなくて、そのうち文章まで繋がらなくなって、文法まで意味がなくなってくの」
「おもしろいの?」
「駄作だって」
「君の感想じゃなくて?」
「レムさんって人の書評」
「へえ、そこまで詳しく話しておきながら駄作だなんて、一度読んでみたいな」
「残念、無理」
「なんで?」
「実在しないから」
「そんなに詳しいのに?」
「書評だけあって本がないの」
「あー、判ってきたぞ。そのレムさんが書いた書評を君が読んだんだ」
「半分正解」
「残り半分は?」
「不正解、というか、そこは完全な真空なの」
「何もない?」
「ん。だからその本のタイトルも『完全な真空』」
「何もない事ってあるのかな」
「バスは着かなかった。私はあなたに会わなかった」
「連れてきたのは君だよ」
「ん。でも、連れてこなければあなたに会わなかった」
「どうかな。僕は君にいわれるままにバスに乗ってここに来たんだから、それ以前に会っちゃってるよ。例えバスは着かなくても、君とぼくは会ってた」
「いつ?」
「今よりも前」
「明日?」
「明日も会える?」
「わかんない。ただ……」
「ただ?」
「私はどこにでもいる。でも、どこにもいないの」