ゲーム作成雑誌を作りたい(http://d.hatena.ne.jp/shin/20101029/p1)

コメントありがとうございます。
というか、もう、全然想定もしてなかった意見で目から鱗が落ちる思いです。

  • 最後のチャンス

実は最後だとも思ってません。たぶんこの先、Androidのずっと進歩した奴を一般の人がプログラムしたり、Windows Phoneの7よりあとの奴を一般の人がプログラムしたりということは起こりうると思います。環境的にも、API的にも非常に敷居が低いので。
ソーシャルアプリは確かに流行っていますが、これまたソーシャルとは無関係にJavaScript+HTML5で動くだけという単純なランタイムが流行ったりするんじゃないかと思ったりもします。もう、ブラウザでも何でもなく、ただのランタイム。
IT革命(うぷぷ)はさておき、アラン・C・ケイの言うコンピュータ革命は、そのうち来るんじゃないかなー、もしこないなら革命起こす方向で動かないとなー、という気分です。

  • そもそもゲーム開発はシンプルで簡単なもの

簡単という意味ではAIR/Flexは普通のアプリでもゲームアプリチックな動きを要求しますね。あれ、あんまり好きじゃありませんが……。
コンピュータのプログラムを作っている大多数の人が、ゲームのような時間軸に沿ったインタラクティブなアプリケーションを作ろうという意志があんまり無いんだろうな、とは思います。そう思わないと、作られてない理由がさっぱりわかりませんから。

  • 媒体は紙しかない

できれば紙ですねぇ。物理的な紙での配布が難しいならPDFみたいな擬似的な紙でもいいので。
何せ、「ソースコード写経(http://d.hatena.ne.jp/Florian/20090702/1246521623)」なんてことを考えるぐらいなので、コピー&ペーストでは済まさないようにできればいいなー、と個人的には考えてます。
いやいやそれよりも。

もし、Dr.Dのような存在があるとしても、ソースが美しいかなどの品質については触れないことを期待したいです。

場合によってはソースコード非公開でもいい

がびーん。
常々、素振り百回、最低でも構造化とコードの自動フォーマットぐらいはやっておけとおもっているので、大変衝撃でした。だって、美しいソースって……美しいんですよ?(何を言ってるのだおまえは?)
バイナリは再利用性が大変薄いので、RMSの信者的にはせめてソースレベルだけでバイナリなしってぐらいの方がいいと思っています。それが社会の趨勢にあっているかどうかはさておき。
ちなみに、最低でもソースコード公開と思っているので、自ずと

  • 制限をつけるべき

は、つけざるを得ないという方向になりますね。リソースはあってもいいんですが、リソースが中心のゲームはプログラムが相対的に薄くなるので、ある程度以上のリソースはつけられないというか。
もっともその前に「投稿」をどう扱うかという未解決の命題があるのですが。今時投稿……される、かなぁ? 自分でゲーム作っちゃう人はふつーsourceforgegoogle codeですよねぇ。